サッカーを辞めなかった。でも、“続けるだけ”では足りなかった。/塩崎彰
サッカーを辞めたわけではない。
むしろ、ずっと続けていた。
それでも塩崎彰の中には、どこか満たされないものがあった。
「もう一度、本気でサッカーがしたい。」
その気持ちが、塩崎をOsakaCitySCへと向かわせた。
サッカーが当たり前だった
塩崎彰は、幼い頃から高いレベルの環境でサッカーを続けてきた。
愛媛FCのアカデミーで育ち、育成年代ではナショナルトレセンやJFAエリートプログラムも経験。
愛媛FC U-18では全国最高峰のカテゴリーも経験し、高校卒業後は関西学院大学へ進んだ。
振り返れば、人生のほとんどにサッカーがあった。
練習に行く。
試合をする。
次のカテゴリーを目指す。
もっと上手くなる。
子どもの頃から、それが当たり前だった。
だからこそ、大学4年生になった時、初めて大きな選択を迫られた。
サッカーを続けるのか。
それとも、就職するのか。
「普通に就職する」という選択肢
大学卒業。
同級生たちは、それぞれ企業への就職を決めていく。
スーツを着て就職活動をして、
内定をもらい、
社会人として新しい生活を始める。
塩崎にも、その道はあった。
むしろ、そちらを選ぶ方が自然だったのかもしれない。
サッカーを続けたからといって、プロになれる保証はない。
いつまでプレーできるのかも分からない。
将来を考えれば、就職するという選択も当然頭にあった。
塩崎は悩んだ。
それでも最後に選んだのは、
サッカーだった。
大学卒業後、神戸FCでプレーを続けることを決めた。
辞めなかった。
サッカーを辞めなかった。
大学卒業後もグラウンドに立ち続けた。
試合もした。
練習もした。
好きなサッカーを続けることはできていた。
だから、一見すると何も問題はない。
自分で選んだ道を歩んでいる。
それでも。
時間が経つにつれて、塩崎の中に少しずつ違和感が生まれていった。
サッカーをやっている。
でも、
自分は本当に、サッカーに本気で向き合えているのか。
辞めてはいない。
続けてもいる。
けれど、
それだけでは物足りなかった。
「もう一度、本気でやりたい」
一度離れてしまったわけではない。
だからこれは、
「サッカーに復帰した」という話でもない。
ずっとサッカーはしていた。
それでも塩崎は、
もう一度、自分自身に問い直した。
どこまで本気でサッカーをやりたいのか。
そして出た答えが、
「もう一度、本気でやりたい」
だった。
ただ試合に出るためではない。
ただ好きだから続けるためでもない。
もっと上手くなりたい。
勝ちたい。
上のカテゴリーへ行きたい。
サッカー選手として、自分がどこまでいけるのか確かめたい。
そんな気持ちが、もう一度強くなった。
そこで塩崎が選んだクラブが、
OsakaCitySCだった。

“続ける場所”ではなく、“挑戦する場所”
OsakaCitySCが目指しているのは、
Jリーグ。
今いるカテゴリーで活動を続けることが目的ではない。
勝って、
昇格して、
さらにその先を目指す。
毎年、クラブのいる場所そのものを変えていく。
塩崎が求めていたのは、
そんな環境だった。
サッカーを続けられるクラブではなく、
もう一度、本気でサッカーに向き合えるクラブ。
大学卒業時、
就職ではなくサッカーを選んだ。
そして数年後、
今度はただサッカーを続けるのではなく、
サッカーにもう一度懸けることを選んだ。
塩崎にとって、
OsakaCitySCへの加入は、
単なる移籍ではなかったのかもしれない。
自分自身への、
もう一度の挑戦だった。
背番号10
OsakaCitySCで塩崎が背負うのは、
背番号10。
サッカーの世界で、
10番は少し特別な番号だ。
試合を動かす。
違いをつくる。
ゴールにつながる仕事をする。
自然と期待が集まる番号でもある。
ただ、
塩崎のこれまでを知ってから見る「10」は、
少し違った意味を持つ。
華々しい育成年代の経歴があるからでもない。
誰かに期待され続けてきたからでもない。
一度、
自分の将来と向き合って、
サッカーを選んだ。
そして、
サッカーを続けながら、
もう一度自分の気持ちと向き合った。
「このままでいいのか。」
そう考えた末に、
再び本気になることを選んだ選手が背負う10番だ。
サッカーを続けることは、簡単ではない
子どもの頃、
サッカーが好きだった。
そのまま大人になってもサッカーを続けられる選手は、
実はそれほど多くない。
大学を卒業すれば、
仕事が始まる。
生活がある。
将来も考える。
カテゴリーが上がれば競争は激しくなり、
逆にカテゴリーを落とせば、
「いつまで続けるのか」と考える瞬間も増えていく。
辞める理由はいくらでもある。
だから、
サッカーを続けるだけでも、
一つの決断だ。
ただ塩崎は、
その先を求めた。
続けるだけではなく、
本気でやる。
勝つ。
昇格する。
その先を見る。
そこまで求めたから、
OsakaCitySCを選んだ。

まだ終わっていない
少年時代から見れば、
描いていたサッカー人生とは違う道かもしれない。
愛媛FCのアカデミーから、
関西学院大学へ進んだ。
大学卒業時には、
就職するかどうかで悩んだ。
それでもサッカーを選んだ。
神戸FCでプレーを続けた。
そして、
サッカーを辞めなかったからこそ、
気付いたことがあった。
「続けているだけでは、自分は満足できない。」
だから、
もう一度本気になることを選んだ。
サッカー人生には、
決められた正解なんてない。
18歳でプロになる選手もいる。
大学を経由する選手もいる。
一度社会人になってから上のカテゴリーへ進む選手もいる。
塩崎彰は、
自分のタイミングで、
もう一度スタートラインに立った。
サッカーを辞めなかった。
でも、
続けるだけでは足りなかった。
だから今、
OsakaCitySCで、
もう一度、
本気でサッカーをしている。
この選択が正しかったのかどうか。
その答えは、
まだ誰にも分からない。
ただ一つ言えるのは、
塩崎彰のサッカー人生は、
まだ終わっていないということだ。
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